プロフィール

こんにちは!
佐々木昭彦(ささきあきひこ)です。

このページには「好きなもの」のと「今までの人生」を書いています。
これを読めばあなたは僕のことがだいたいわかると思います。
良かったら読んでみてください。

旅ブログ「ライトラ」についてについて

僕が運営しているこのブログ「ライトラ」には、2年半かけて世界一周した経験を中心に海外旅行に役立つ情報をまとめています。

少しでも多くの人に役立つ情報を届けられるように頑張っています。

もともとブログ名「ライフトラベラー」は僕の好きな本「ライフトラベラー」の名前から取り、5年間変えずにいましたが、2020年6月に「ライトラ」に変更しました。

【旅ブログ運営5周年】ブログ名を「ライフトラベラー」から「ライトラ」に変更しました

2020年6月15日

世界一周後の現在の僕

帰国後は興味があったプログラマーになろうとして、Ruby on Railsを勉強。
簡単なアプリを作れるようになり、就職活動しようと考えていたところ、フリーランスになる機会があり、フリーランスに挑戦。

コーディングやサイト制作、カスタマイズなどをクラウドソーシングや知り合いからの仕事をこなしてました。

現在はプログラミングに関することはほとんどやらず、基本的には、日本や海外でブログを書きながら、たまに知り合いから頼まれるサイトのカスタマイズをやりながら過ごしています。

2020年の前半はコロナの影響で、タイから出国するフライトがキャンセルされ、長期間タイに滞在していました。

タイにおけるコロナの影響とバンコクにいる僕の現状【2020年5月時点】

2020年5月1日

僕の好きなもの

深夜ラジオ

深夜ラジオを聞くのが大好きです。

特にオールナイトニッポンは

  • ナインティナインのANN
  • オードリーのANN

を聞き、JUNKは「おぎやはぎのメガネびいき」は毎週聞いています。

バイク

大学2年の時にCB400SFを購入。
バイクで日本のほとんどの都道府県に行きました。

特に思い出に残っているのは、初めて一人旅をした「鹿児島」と3週間かけて一周した「北海道」です。

旅行

日本は、山形県以外はすべて行きました。

でも、国内旅行より海外旅行の方が好きです。(参照記事:世界一周ルート

漫画

漫画はずっと好きで、有名なものからそうじゃないものまでいろいろ読んでます。

連載中の漫画で言えば

  • 宇宙兄弟
  • キングダム
  • テラフォーマーズ
  • 進撃の巨人

が好きです。

アプリを使えば無料で漫画を読めるのでいい時代ですね。

記事内で紹介するマンガアプリ
  1. マンガUP!:スクエニの名作漫画が読める
  2. サンデーうぇぶり:少年サンデー漫画が読める
  3. マンガBANG!:「ワンピース」や「デスノート」が読める
  4. マンガMee:少女漫画が読める
  5. ヤンジャン!:週刊ヤングジャンプ漫画が読める
  6. マンガPark:「3月のライオン」など白泉社漫画が読める
  7. マンガワン:「闇金ウシジマくん」や「土竜の唄」が読める

生まれてからこれまでの人生

では、どのような人生だったのかを簡単に紹介していきます。

幼少期

img009-1僕の誕生日の写真

1989年12月13日、香川県の田舎町で、佐々木家の長男として生まれました。
同じ日にテイラー・スウィフトも生まれています。
だいぶ先を越されてますね。

一番古い記憶は、2歳の時。
家で飼っていた乳牛たちがトラックに乗せられて別の家へ移っていくのを、親に抱っこされながらバイバイしているところ。
ドナドナドーナードーナ〜♪

自分の影を怖がり、毎回逃げていたらしく、今でも何かするごとに、ばあちゃんたちに

あの影を怖がっていた昭彦が◯◯するようになった

と言われます。

小学生(長尾小学校)

毎日友達と遊び、自転車でどこへでも行ってました。
ゲームより外で遊ぶのが好きで、特に秘密基地を作るのが好きでした。

なんでも好きになったら一日中やるような子供だけど、ものすごい飽き性。
卒業時に一人一人先生からもらう手紙に「男女のパイプとして活躍してくれました」と書かれて通り、僕の家によく集まって、男女共に一緒に遊んでいました。

小六のバレンタインの時はクラスで一番多くチョコをもらいました(8個)。
もちろん全部義理ですけど。

中学時代(長尾中学校)

160324_1106_001中学時代はサッカー部に入部し、三年間サッカー中心の生活。

もともと運動能力が無い上に、同学年で唯一の初心者だったので、めちゃくちゃ苦労しました。
自分の代がメインの新チームになった時に、学年で僕だけレギュラーを外されたのが悔しくて泣きましたね。

学校へ行く前、帰った後の自主練を続けた結果、2年生の冬にレギュラー獲得。
2軍のキャプテンとしても試合に出ていたので、チームの中で1番試合に出ていました。

ポジションは3年間FW。

勉強の方は英語が得意で、逆に数学は大の苦手(中1で28点を取った)。

大工になりたかったので工業高校への進学を志望しましたが、「建築の勉強は大学からでもできる」と担任から説得され、普通科の高校を受験し、合格。

中学の修学旅行時に発表された何でもランキングでは、「いいお父さんになりそうなランキング3位」と「彼女に尽くしそうな人1位」。

中学時代を思い出しても、本当にサッカーと受験勉強した思い出がほとんどです。

高校(高松東高校)

534717_413747202009654_1126352065_n高校時代は僕の青春時代。
3年間進学クラスに在籍し、3年間無欠席。

クラスの居心地が良く、学校に行くのが好きでした。

クラスが毎年体育祭優勝したので、3年連続でトロフィーを受け取るという貴重な経験をしました。

16歳最後の夜に、1年以上片思いだった人に告白、見事初めて彼女ができました。
しかし、3年生の途中で別れ、数日後には過度のストレスが原因で胃に穴があきかけました←精神弱っ!

サッカー部引退後は受験モードで毎日勉強。
国公立大学を後期まで受験するも不合格に終わりました。

大学1〜2年(暗黒時代)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA滑り止めで受かっていた大阪の大学へ進学。
高校の時に友達から裏切られたトラウマから、人を避け、ぼっちな大学生活。

ずっと一人でいることで孤独感から暗い考えばかりしていました。
今思えば鬱だったと思います。一番戻りたくない日々。

大阪で高校の友達と遊ぶことがたまにありましたが、遊んだ翌日はほっぺたが筋肉痛になったことも。
久しぶりに笑ったせいでした。
それだけ笑ってなかったってことです。

大学進学とともに、初めて自分のパソコンを持ったので、YouTubeにハマりました。
基本的に大学とバイト以外は家から出ず、YouTubeとテレビをずっと見続けるような生活をしていました。

そんな中、mixiの世界一周している人の日記や映像を見て「いつか行けたらいいな」と思い始めました。

2年の夏に目標としていた100万円が貯まり、中型バイク(CB400SF)を購入。

初のバイク一人旅で鹿児島へ。
たくさんのライダーや地元の人に出会い、助けられ、旅が好きになりました。

留学時代(大学は休学)

29939_125114730857772_4540517_n大学2年が終わったと同時に、休学し、カナダに留学に行きました。

バンクーバー生活

カナダのバンクーバーに留学。
人生初海外でドキドキワクワク。

ホームステイ先にはサウジアラビア人とブラジル人のハウスメイト。
2人が英語が流暢すぎて、何を言っているのか分からないし、自分の気持ちも伝えられないもどかしさを実感。

留学1日目の夜に見た夢は、アルファベットに追いかけられ、「C」に覆いかぶさられて、「助けてー」と叫ぶ悪夢でした。

留学して初めてのクラスは中級レベルの大学進学用のクラス。
最初は、同い年の日本人が1人いましたが、1週間後に脱落。

結局、僕一人がクラス唯一の日本人ということで、授業中にも日本の話題になったりすると、日本のことをたくさん聞かれましたが、英語で伝えられない上に、そもそも知らないことばかりで苦労しました。

それまで、英語には自信がありましたが、英語が全然聞き取れないし、話せない状況はきつかったです。

とにかく毎日英語を話すことを心がけ、友達と遊ばない日は14:30に学校が終わった後は図書館に必ず行き、閉館時間の9時まで勉強してました。

大学で日本語を使って仲良くなるということをしてなかったので、他の日本人と全くなじめず、自然と離れ、同じクラスだった台湾人グループと仲良くなりました。
日本語を話す環境がなかったのもあり、徐々に英語を話せるようになりました。

1カ月後には日本人グループとは完全に離れ、台湾、韓国、タイ人を中心に日本人以外友達とばかり行動してました。

トロント生活

2ヶ月間だけ系列のトロントの学校へ移動しました。

その期間中、1週間の休みを使って初の海外一人旅を実施。

カナダ東部にある

  • オタワ
  • モントリオール
  • ケベック

を周遊。

いろんな人に助けてもらいながら、「英語ができる」という自信と海外旅行の楽しさを実感しました。

3月11日東日本大震災

忘れもしない3月11日。

時差があるため、3月11日の朝、学校に行く前にパソコンで津波の映像を見ました。

その日、そのまま教室に行くとカナダの国営放送「CBC」の放送が流されれていて、クラス全員が見てました。
パソコンを使う授業でしたが、その日はずっと東日本大震災のニュースが映されていました。

「何かできることありませんか?」と初めて自分から動き、学校内1人目の震災ボランティアスタッフとして募金活動を開始。
いろんな国の人たちのおかげで、目標金額を集めることを達成しました。

大学3〜4年

帰国後、大学3年の夏に同窓会を企画し実行したり、台湾に一人旅に行ったり留学前とは明らかに行動的になっていました。

「いわてGINGA-NET」というボランティア団体の活動に参加するために初めて被災地岩手へ。
家が流されて基礎だけ残った光景や、ペチャンコに潰れた車などを自分の目で見て衝撃を受けました。
同い年の人がリーダーだということにも驚きました。

この年、さらにその翌年の年越ししも岩手県釜石市で迎えることになりました。

就活はやる気なかったが、周りに流され仕方なく開始。
4年の5月に内定をもらい就活終了。

夏休みは富士山に登ったり、バイクで岩手まで行きボランティアに参加したり、北海道を3週間かけて周ったりしました。
目標だった日本の本土の端全てに行くことにも成功!

ホームレス期

OLYMPUS DIGITAL CAMERA大阪の家を引き払った後は、大学の卒業式まで約1カ月半の間ホームレスになりました、
テントと寝袋を家として、公園や河川敷で寝る日々。
寒さに凍えながら、家のありがたさを実感しました。

卒業式の日も河川敷から出席しました。

バックパッカー期

995432_448973208543317_789371439_n入社する企業が秋入社だったので、卒業後の4月から8月まで

  • シンガポール
  • マレーシア
  • タイ
  • ラオス
  • カンボジア

をバックパッカーとして周りました。

慣れないことで大変だったものの、海外を旅する面白さに気づきました。
特にカンボジアでの学校建設での日々は人生に大きく影響しています。

尊敬できるかっこいい大人(バックパッカー達)とともに毎日学校建設。
午前中は学校を作る作業を楽しくし、午後は子どもたちと遊ぶ日々。

本当はスペインとモロッコに行く予定でしたが、購入していた航空券を捨てて約1カ月間スタッフの一人として動きました。

途中から作業前に毎朝漫才したことで「笑い」の深さと楽しさを知ります。

社会人

東証一部に上場している、いわゆる大企業であるホームセンターに就職。
全国に支店がありましたが、勤務地は地元の香川県の隣にある愛媛県今治市でした。

パートのおばさんたちや学生バイトもみんな優しく、良い職場だったと思います。

ただ、「時間」「自由」のなさに加え、変な人の対応に精神が削られていきました

この時期は、世界一周のためのお金を貯めるためだけに働いていました。
お金が貯まったらすぐに辞めてやるという気持ちでした。

でも、ある程度の給料が毎月振り込まれていくのに慣れ、段々と辞めるのが怖くなっていった。
さらに、闘争心というか挑戦心というものがだんだんと弱くなっていき、「ダメになっていく」「自分のなりたくない大人になってしまう」と焦りました。

近くに友達もいなかったので、本当にしたいことを一人で真剣に考えました。

やりたくないことを我慢し続けるのに意味があるのだろうか。

学生ヒッチハイカーとの出会いやパートの人達からの心配の言葉、休日のたびに読んでいた本のおかげで自分の気持ちに素直になれました。

将来のことを考えた結果、2014年12月31日に退職することを決め、予定通りに退職しました。

ニート期

11008959_444903082329150_621796570_n1月は愛媛と高知。
2月は友達に会いながら岩手県まで行きました。
友達の家に泊まった日以外は、すべて車中泊。

3月は九州地方を周りたかったのですが、岩手まで行くのに資金を予想以上に使ってしまったことから、香川へ戻り、世界一周への準備を始めました。

世界一周へ・・・

12494906_1121466327904401_3584237592320310654_n前から買っておいた4月27日には、飛行機に乗り遅れるというハプニング。

4月29日関西空港から台湾へ向けて飛び立ちました。

世界一周の準備で出発前にやっておくべき14のこと

2015年7月16日

世界一周におすすめなクレジットカード5選【2020年版】

2017年12月29日

オーストラリアでワーキングホリデー

世界一周中、ミャンマーでiPhoneを紛失した上、持っていたMacbookの電源が付かない状態に。

予定外の出費は大きく、「ちょっと稼ごう」と思い、オーストラリアにワーホリへ。

3ヶ月ぐらい働くつもりが、結局半年働き、のんびり楽しく過ごしてました。

その後は、東廻りで世界一周を再開しました。

2015年4月から2017年12月まで世界一周をして帰国しました。
訪れた国は40カ国。

ひとこと

日本のしがらみの中でやりたいことをやれている人は多くないと思います。
日本にいて海外のことを知らない人も多いでしょう。

そんな人たちのためにも、このブログやTwitterを通じて、世界の情報を発信し続けたいと思います。

世界一周してほしいのではなく、ブログを読んでくれた人が少しでも海外に興味をもってくれたらいいなと思います。
どこでも自由に行ける日本人に生まれたのだから。

日本のパスポートはなぜ世界最強なのか【日本人の特権】

2016年3月15日

僕自身将来やりたいことが分からないです。

今後に何をどう思っているのかも分からないです。

同い年の友達のほとんどは日本で働き、結婚している人もいますし、はっきり言って不安です。

不安ですが、それ以上に「いろんな世界を自分の目で見てみたい」という思いが強くて海外にいます。
いつ何が起こるか分からない時代。
世間の目を気にして日本で働くことを選び、世界を見ずに死ぬなんて絶対に嫌です。

そんなことを思いながら、今日も世界のどこかを旅しています。