コルカタのカーリー寺院。ヤギが殺される場所で思ったこと。

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一瞬だった。

「あっ」と思った時には、ヤギの頭と胴体は別々になっていた…

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カーリー寺院とは

カーリー寺院とは、インドの神様の一人である「カーリー」を祀った寺院です。

c0157188_1036283カーリーさん(urarakanab.exblog.jp/「カーリー」のページより引用)

カーリーとは、血と殺戮を好む戦いの女神のことです。生首のネックレスをし、腕を何本も腰に巻きつけています。見るからに怖い雰囲気をまとっています。

さらに、ヒンドゥ教の3最高神であるシヴァ(画像の踏まれている人)の奧さんです。上の画像は神話の1場面を表しています。昔々カーリーがある戦いに勝って、踊り始めたそうです。ですが、そのパワーがとてつもなく、「このまま踊り続けたら、大地が壊れる」と思った旦那のシヴァがそれを和らげるために、自らカーリーの下に行ったそうです。

この画像は、奥さんが大地を破壊するのを防ぐために、旦那として、緩衝材のような役割を全うしている様子を表しています。一つの愛の形です。顔はもう何かを悟っているようです。

カーリー寺院には、バッグなどの手荷物は持ち込めないので、必要最低限の荷物だけ持ち、手ぶらで行くようにしましょう。荷物がある場合は、近くに預かり場があるので、そこに預けなければなりません。

また、寺院内はカメラの使用は禁止されています。

行き方

カーリー寺院は市内の中心地から南に4〜5キロ離れている場所にあるので、公共交通機関を利用しましょう。日本人宿である「サンタナゲストハウス」からは、大通りにでて、「45B」、「18B」、「204」のどれかのバスに乗れば、カーリー寺院の近くまで行くことができます。乗るときに、集金係に「Kali temple」と言っておけば、降りる時に言ってくれる人が多いです。
カーリー寺院の近くには、地下鉄もあるので、その場合は、「Kalighat Metro Station」か「Jatin Das Park Metro Station」で降りてから、歩いて行けます。

image寺院に続く道には、お供え物などの店が並んでいます。

imageカーリー寺院の外観です。

偽ガイドに注意

カーリー寺院では、観光客をターゲットとしたお金を騙し取る詐欺師たちがいます。この偽ガイドは、勝手に案内をして、最後に高いガイド料を請求してきたり、寄付という名目でお金をせびってくるそうです。また、混雑時には、スリが出るらしいので気をつけてください。

僕らがカーリー寺院の敷地に入ると、入り口近くからインド人のおじさんがついてきました。「靴はここに預けるんだ」と言って、有料の靴預け場に案内されました。ここカーリー寺院では、ある一定の場所からは、靴を脱がないと、入ることができないことは知っていました。

靴の預け代をどうにか払わないでいいように、靴を置いておける場所を他に探してもありませんでした。それを見ていた入り口近くの警備員が、「ここに置いていいよ、見とくから」と言ってくれたので、無料で靴を預けることができました。途中までしつこくくっついていたおじさんはどこかに行っていました。あのおじさんは誰だったのでしょうか。偽ガイドだったのかもしれません。

ヤギが生贄として。

ヤギを生贄として殺す儀式は、黒っぽい石でできた小さな建物の中で行われます。
僕らが行った時には、ヤギが花束をかけられて、水で清められてました。
ヤギは、生贄になるのが分かっているのか、大きな声で「メェー」と鳴いていました。人が言っているかのような鳴き声で、すごく耳に残りました。
正面には何人かの人がいたので、そこから離れて、 太鼓が置いてある場所に移動しました。すると、すぐに、その太鼓がなり始めました。小学生ぐらいの子供が勢いよく叩いています。これが儀式の始まる合図です。

暴れるヤギを男が押さえて、足をのばし、処刑台に首を固定します。

一人の男が、大きな刀を持ってきて、一気に振り下ろしました。

一瞬でした。

ヤギの頭と胴体は分かれました。

驚くべきことに、切断されたヤギの胴体は、生きてるかのように、しばらくジタバタしていました。

ヤギの解体

カーリー寺院を出ようと出口の方へ行っている途中に、先ほど生贄として処刑されたヤギが解体され始めていました。ヤギの足を縛って、吊るしていました。

まずは、皮をはがされました。

皮を剥がすと、スーパーで見るような、ピンク色の肉がでてきました。

そして、次々と切り分けてられていきました。

衝撃的だったのは、内臓部分です。肉を切り分けていくと、中にあった内臓を取り出しました。動物の内臓なんて見る機会はほとんどないので、びっくりしました。内臓はつながっていて、腸はどれだかわかりました。思っていたよりも、黒っぽかったです。

近くでは、解体の様子を、普通に子供達が見ていました。そして、解体が終わる頃には、周りに大人たちの人だかりができていました。たぶんその解体された肉を購入するのでしょう。

思ったこと

日本では、スーパーに綺麗に精肉されたものしか並んでいませんが、今回の羊の儀式と解体を自分の目で見て、肉を食べるということは、生き物の命を一つ犠牲にしているのだと改めて感じました。日本では、肉を食べる人(消費者)は、ほぼこういった動物が肉になる光景を見ることはありません。精肉する人たち(加工者)だけが見るものです。

毎日大量の食べられるものを捨ててしまう国、日本。「食べ物は(特に肉など)は、一つの命を犠牲にしている」という意識が薄いからなのではないかと思います。こういうのは、実際に見ないと実感しにくいのでしょう。

そういうことが、「食べ物を大切にする」という大切で当たり前のことをできていないことに繋がっています。

確かに、羊の処刑や解体は、刺激が強すぎるというか苦手な人もいると思いますが、日本ではなかなか見れません。人生で一回は見ておいたほうがいいと思います。

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